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生きるってバトンを渡すこと

 

人は、自分のために生きる方法より
まわりの人のために生きる方法を幼い頃から指導されることが多いです。(子育てしていて、まわりの親子の会話を耳にしていてよく思います。)
 相手の気持ち
 まわりの空気
 迷惑をかけないように
本来これらは 自分の気持ち がある程度 確立してから体験するべきことです。
充実した大人がこれだけ少ない時代
優しいこどもたちは、大人に気を使って生きています。枯渇した大人の顔色と空気を読んで。
まわりへの気遣いは、優しさから生まれるもので、決してわるいことではないんだけど
自分の気持ちがわかる前に、
他人の気持ちを読むことを教えると
自分放置のままに成長します。
今生きる大人が口々に言う
「 自分が何をしたいかわからない 」は、そのことの現れ。
そのループと、連鎖は、放っておいては止まりません。誰が止めますか?
気づいた 私 / 僕 が自分事を再経験すると決めることです。
社会や家庭おいて、
成功のため敷かれたレールと 外れることを許さない圧力、支配欲は、
相手の個人の意志や魂の望みと合致しない限り、鎖と牢屋に入れることとなります。
また、
本人の意思で、鎖を外し牢屋から逃げ出すことは想像以上に過酷なこと。意思決定、裏切る、逃げ方、求め方、それがわかるほどに経験は育っているのか。
………。
人は、誰かの悪口を言ったり(特に親子関係・夫婦関係など近い人のことは日々愚痴をもらしていたりします)、誰かのせいにしたりすることで 逃げているわけですが、
人間関係とは、
いつも自分のことを教えてくれます。
今これほどに拗れた社会の中で、いつも自分をみつめて生きていくことは容易ではありませんし、
自分の未熟さを知り続けることは
結構しんどさも有ります。
うやむやにしてる方が楽だから、何世代もかけてこうなってしまったのかもしれません。
すでに奥の方へと姿を潜めてしまった
「素直な自分」「無邪気な自分」。
子育てする私たちは、子たちの姿がいつも教えてくれます。私もいつも、娘から愛を教わり、ごめんねとありがとうの繰り返しです。
 大人はストレスの中 生きている
 大人は疲れている  我慢している
 大人は素直では生きられない
そんなイメージをこどもに植えるのはもうやめたいです。
もし今のこの世の中を、「しあわせだよ!」って自信持ってこどもたちに紹介できないなら、自信持って「生きるっていいよ!」って言える世の中に変えて、バトンを渡したい。
何世代かかかる問題かもしれないけれど
何世代もかけて、そうしたい(^^)